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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4606号 判決 1967年1月25日

原告 石田剛太郎 外九名

被告 三崎喜一 外一名

主文

被告三崎喜一は、原告らに対し、別紙<省略>第一目録記載の各土地について東京法務局世田谷出張所昭和三一年七月二三日受付第一七〇〇五号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告武藤工業株式会社は、原告らに対し、別紙第一目録記載の各土地について東京法務局世田谷出張所昭和三一年八月一三日受付第一八八三〇号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

原告らの被告武藤工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告三崎喜一との間に生じたものは被告三崎の負担とし、原告らと被告武藤工業株式会社との間に生じたものはこれを二分し、その一を被告武藤工業株式会社の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

一、原告ら

主文第一、二項同旨の判決及び「被告武藤工業株式会社は、原告らに対し、別紙第二目録記載の建物を収去して別紙第一目録記載の各土地を明渡し、かつ昭和三一年八月一三日から明渡ずみに至るまで一ケ月二、五五六円の割合による金円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに被告武藤工業株式会社に対し建物収去土地明渡を求め、かつ金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張)

一、請求原因

(一)  別紙第一目録記載の各土地(以上本件土地という)は、もと訴外亡石田のぶの所有であつた。

(二)  右石田のぶは、昭和二〇年九月二八日死亡し、原告石田剛太郎を除く原告ら及び訴外石田一郎は相続により本件土地を共有するに至り、その後右一郎の死亡により原告剛太郎が相続して一郎の共有持分を取得し、現在原告らは本件土地を共有している。

しかして、原告らが本件土地を共有するに至つた経過は次のとおりである。

(1)  のぶは、昭和二〇年九月二八日死亡したが、同人は単身戸主であつて法定家督相続人がなかつたから、昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法(以下旧民法という)九八五条により親族会を招集して家督相続人を選定すべきところ、親族会が招集されないまま右法律による改正後の民法(以下新民法という)が施行されるに至り、昭和二二年法律第二二二号附則二五条二項により新民法が遡及適用されることとなつた。

(2)  ところで、のぶの親族関係等は、別紙家系図のとおりであつて、のぶの死亡当時、同人には配偶者および直系卑属がなく、直系尊属もすでに死亡していたので、昭和三七年法律第四〇号による改正前の民法八八九条一項二号により兄弟姉妹が相続人となるべきところ、兄弟姉妹である金平及びいさはすでに死亡していたので、同法八八八条により金平といさとの間の子である一郎及び原告石田剛太郎を除く原告らが金平及びいさを代襲してのぶの相続人となり、本件土地の所有権を共同して承継取得した。

(3)  その後昭和三三年八月二九日一郎が死亡したので、原告剛太郎がこれを相続し、一郎の本件土地に対する共有持分を取得した。

(三)  ところで、本件土地には次のような登記がされている。

(1)  東京法務局世田谷出張所昭和三一年七月二三日受付第一七〇〇五号をもつて被告三崎が同年五月三〇日の判決を原因として所有権を取得した旨の所有権移転登記

(2)  同出張所同年八月一三日受付第一八八三〇号をもつて被告武藤工業株式会社(以下被告会社という)が同日付売買を原因として所有権を取得した旨の所有権移転登記

(四)  しかし右各登記は、次のとおり無効である。

(1)  被告三崎は、昭和三〇年一二月一六日東京地方裁判所にのぶを被告として、昭和二〇年四月頃訴外謝義来がのぶから本件土地を買受け、ついで被告三崎が昭和二四年五月一二日謝義来から代金二〇万円でこれを買受け所有権を取得したことを請求原因とし、本件土地に関する所有権移転登記手続を求める訴(同裁判所昭和三〇年(ワ)第九七一〇号事件)を提起した。しかして、被告三崎は、右の訴状において、のぶの住所を当時同被告が代表取締役をしていた東京都世田谷区池尻町四二五番地大東食品株式会社内と記載した上、裁判所からのぶ宛に送達される訴状、口頭弁論期日呼出状等の書類は、宛かものぶが同会社内に居住しているかのように装つて受領するよう同会社の従業員に命じ、第一回口頭弁論期日(昭和三一年一月二〇日午前一〇時)の呼出状及び訴状副本は、昭和三〇年一二月二八日右会社の従業員である訴外谷内某に受領させ、その後の口頭弁論期日呼出状はすべて右谷内がのぶの署名捺印を偽造して受領した。そこで、昭和三一年五月三〇日同裁判所は、いわゆる欠席判決をもつて、のぶは本件土地について被告三崎のため所有権移転登記をすべき旨の判決を言渡した。

ついで、被告三崎は、右判決に基いて前記所有権移転登記を了した。

しかし、のぶは、既に昭和二〇年九月二八日死亡していたのであるから、被告三崎の提起した右訴は不適法であり、判決が確定したとしてもその判決はのぶ或いは原告らに対して何らの効力もないから、そうした判決をもつてした右登記は無効である。

(2)  しかも、のぶは訴外謝義来に対して本件土地を売渡したことはないし、又謝義来が本件土地を被告三崎に売渡したこともないから、被告三崎のための右登記は実体上の原因を欠きその点においても無効である。

(3)  以上のとおり、被告三崎のための右登記は無効であるから、同被告から本件土地を買受けたことを原因としてされた被告会社のための所有権移転登記も無効である。

(五)  被告会社は、正当の権原がないのに、昭和三一年八月一三日以降本件土地上に別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という)を所有して右土地を占有している。

(六)  よつて、原告らは、本件土地の所有権に基いて、被告三崎に対しては、同被告のための前記所有権移転登記の抹消登記手続を求め、被告会社に対しては、同被告のための前記所有権移転登記の抹消登記手続を求めると共に、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和三一年八月一三日以降右土地の明渡ずみに至るまで一ケ月二、五五六円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二、被告らの答弁

(一)  被告三崎

請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実は争う。同(三)の事実は認める。同(四)の事実のうち、被告三崎が昭和三〇年一二月一六日原告ら主張のとおりの訴を提起し、訴状にのぶの住所として原告ら主張のとおり記載したこと、昭和三一年五月三〇日原告ら主張のとおりいわゆる欠席判決がされ、被告三崎がその判決に基いて所有権取得登記をしたこと、謝義来が本件土地を被告三崎に売渡した事実のないこと、及び被告会社が被告三崎から本件土地を買受けたことを原因として所有権取得登記をしていることはいずれも認めるが、その余の事実は争う。請求原因(六)は争う。

(二)  被告会社

(1)  請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち石田のぶが死亡していること、同人をめぐる身分関係等が原告主張の家系図のとおりであること(但しのぶ、金平、ゆきの各死亡時期、石田剛に関する部分及びゆきゑと一郎との関係を除く)は認めるが、その余の事実は争う。昭和二二年法律第二二二号附則二五条二項は、家督相続人選定のための親族会に関する規定が新民法により廃止された関係上法の不遡及の原則に反しない限度で同項の規定に従うという趣旨で、もし同項が旧民法時代に発生した相続関係にまで適用され、ひいては被告会社のように相続財産について利害関係を有する者についてまで何らかの影響を及ぼしうるものとすれば、同項は不当不法な規定であつて適用されるべきではない。請求原因(三)の事実は認める。同(四)の事実のうち、被告三崎が原告ら主張の判決に基いて所有権移転登記をしたこと、被告会社が被告三崎から本件土地を買受けたことを原因として所有権移転登記をしていることは認めるが、その余の事実は争う。同(五)の事実は被告会社に本件土地を占有する正当権限がないとの主張を争う外、他の事実は認める。同(六)の事実は争う。

(2)  被告会社は、原告らが石田のぶの相続人ではないと主張するのであつて、その理由は次のとおりである。

(イ) 訴外亡石田金平は、明治三一年四月一八日訴外亡石田三八と婿養子縁組をして石田家に入つた者であるが、明治四一年五月一九日戸主石田三八が死亡したので、金平は家督相続して戸主になつた。ところで、当時金平には婚姻外の女性亡ゆきとの間に原告石田倫男、同久保田静枝及び同志沢寿美枝(当時懐胎中)があり、これらの者は石田家の戸籍に入つていなかつたので、金平が戸主となつてこれらの者の入籍問題が生じた。そこで、もともと家付の女であつた亡ますは、そのような事態をいさぎよしとせず、のぶを伴い亡夫三八の死亡後まもない昭和四一年八月一日分家したのであるが、これは、ます及びのぶが金平との親族関係を断つことを意図したからに外ならない。ところで、本件の場合原告らがのぶの相続人であるかどうかは本訴提起当時の法律によつて決すべきところ、家族制度を排し婿養子制度も廃止した新民法の下における解釈としては、右のような事実関係にある場合原告らの父金平とのぶとの間の親族関係は右分家の時点において解消したものと解するのが当然である。したがつて、金平の子である原告らとのぶとの間には何ら親族関係はないから、原告らがのぶの相続人になるいわれはない。

(ロ) 仮りに右主張が理由ないとしても、石田のぶの死亡による相続については、原告らの本訴提起が昭和三八年六月一〇日であるから、昭和三七年法律第四〇号による改正後の現行民法の規定が適用されるべきであるが、同法八八九条二項により準用される同法八八七条二項但書によれぱ、被相続人の直系卑属でない者は代襲相続人となりえないのであるから、被相続人のぶの直系卑属でない原告らがのぶの相続人となることができないことは明らかである。

三、被告らの抗弁

(一)  被告両名に共通する抗弁

(1)  (本訴の訴訟物が相続回復請求権であることを前提とする抗弁)

原告らの本訴請求は、原告らが石田のぶから本件土地の所有権を相続により取得したことを前提とするものであるが、このように相続に由来する権利の主張がされる場合にはそれが個々の財産に関する権利主張であるかどうか、また相手方が僣称相続人であるかどうかにかかわりなく、相続回復請求権の行使に外ならないというべきである。しかして、相続回復請求権の消滅時効の起算点については、取引安全の見地等から回復請求の目的物件が一般取引の対象とされてそのことが公示され、何人もその取引事実を認識し得る状態に至つたとき、これを不動産についていえば、権利の変動が行われてそれが登記によつて公示された場合には登記の効力の有無に関係なく登記された時点を起算点と解すべきである。

ところで、被告三崎は、昭和三一年七月二三日確定判決に基いて本件土地の所有権移転登記をしているのであるから、原告らの相続回復請求権は、右登記の時期から五年を経過した昭和三六年七月二三日をもつて時効により消滅したものという外ない。したがつて、原告らの本訴請求は失当である。

(2)  (実体的権利変動があつたとの主張)

(イ) 本件土地は、訴外謝義来が昭和二〇年四月頃石田のぶから買受け、ついで訴外大東食品工業株式会社(以下大東食品という)が昭和二四年五月一二日謝義来から買受けた。

(ロ) 被告三崎は、昭和二六年七月一三日大東食品の代表取締役となつたが、同被告は、その後右会社に対し昭和二八年中頃までに数回にわたり金員を貸与してその合計額が二〇〇万円に達した外、さらに昭和三〇年六月末頃までに計四、七二五、六〇五円を同会社に貸与していたところ、その頃同会社から右貸金合計額六、七二五、六〇五円の弁済に代えて本件土地の所有権その他を取得した。

(ハ) 被告会社は、昭和三一年六月一六日被告三崎から本件土地を買受け同被告から同年八月一三日所有権移転登記を受けた。

(ニ) しかして、石田のぶから被告三崎に直接所有権移転登記をするについては、謝義来及び大東食品において承諾しており、被告三崎は、石田のぶに対する所有権移転登記手続請求事件(東京地方裁判所昭和三〇年(ワ)第九七一〇号事件)の確定判決に基いて本件土地の所有権取得登記をしたのである。

したがつて、被告らのためにされた本件各所有権移転登記は、実体上の権利関係に合致しているし、登記自体にも瑕疵はないから有効である。

(二)  被告三崎の抗弁

(時効取得の主張)

大東食品は、前記のとおり訴外謝義来から本件土地を買受けて占有を開始し、その後昭和三〇年六月末頃被告三崎が代物弁済により右土地の所有権を大東食品から取得して占有するところとなり、ついで被告会社が右土地を被告三崎から買受けて昭和三一年八月一三日以降同土地を占有している。しかして、大東食品としては、占有開始当時謝義来が本件土地に石[石鹵]工場を建てて事業を営み平穏公然と右土地を占有していたし同人に所有権がないものと疑わせる資料もなかつたので、同人の所有に属するものと信じて買受け占有するに至つたもので、そのことに過失はないから被告会社は、大東食品の占有開始時期から一〇年を経過した昭和三四年五月一二日に本件土地を時効により取得した。したがつて、原告らが本件土地の所有権を有するいわれはない。

(三) 被告会社の抗弁

(1)  (再審期間の徒過を理由とするもの)

被告三崎は、東京地方裁判所の確定判決に基き所有権移転登記をしているところ、被告会社は右被告から本件土地を買受けてその旨の所有権移転登記を経由したのである。ところで、確定判決は、その手続や内容にいかなる瑕疵があつても再審の訴による外その効力を覆すことはできないが、前記判決は確定後既に再審申立期間である五年を経過しているからもはやその効力を否定することはできない。原告の本訴請求は、このようにして既に効力を覆すことができなくなつた前記確定判決を再審以外の方法によつて覆そうとするものに外ならないから法律上到底許されべきではない。

(2)  (被告会社が善意無過失に取得したことを理由とするもの)

被告会社は、本件土地の前所有者である被告三崎が東京地方裁判所の確定判決により所有権取得登記を経たものを買受けたもので、仮りに右被告が右登記に関し何らかの欺罔手段を講じた事実があるとしても、被告会社はそのことを知らず、また知らなかつたことについて過失もないから民法九六条三項の類推により原告らは右の事実を理由とする被告三崎の所有権取得登記の無効をもつて被告会社に対抗することはできないものというベきである。

(3)  (時効取得の主張)

仮に右主張が認められないとしても、大東食品は、前記謝義来から本件土地を買受けて昭和二四年八月二日本件土地の占有を開始し、その後昭和三〇年六月末ごろ被告三崎が代物弁済により本件土地を取得して占有するところとなり、昭和三一年八月一三日から被告会社がこれを被告三崎から買受けて占有している。そして、大東食品(代表者繩田宗三郎)はその占有のはじめにおいて所有権者でないことを知らないことにつき過失がなかつたから、昭和二四年八月二日から一〇年の経過により昭和三四年八月三日取得時効が完成し、被告会社が本件土地の所有権を取得した。

したがつて、その反面原告らは本件土地の所有権を失つたから原告らの本訴請求は失当である。

(4)  (権利の濫用)

仮に以上の主張が全部認められないとしても、原告らの被告会社に対する本件土地明渡請求は権利の濫用であつて許されない。

(イ)  訴外のぶの死亡が昭和二〇年九月二八日であつてその当時相続が行われていたとすれば、原告らはただ親族会の決議いかんによつて家督相続人に選定されるかも知れない程度の身分関係にあつたに過ぎないし、またのぶの生前には疎遠な間柄にあり、ためにのぶは身寄りのない一介の老婦として養老院で孤独のうちに死亡したのであるが、原告らは、たまたま新民法の施行によりその解釈如何によつてはのぶの遺産を相続し得ることを知り、望外の利益を追求するためのぶの死亡後一八年もの間放置してきた本件土地を格別使用の必要もないのにその明渡を求めているのである。

(ロ)  これに対して、被告会社は、本件土地についてのぶから被告三崎への所有権移転登記が裁判所の判決を原因としてされていることを信頼して本件土地を被告三崎から買受けたものであるから、被告会社が本件土地を取得するについては何ら過失がない。加うるに本件土地を明渡すことによつて被告会社の蒙むる損害は甚大である。すなわち、被告会社は、昭和一七年に設立されたものであつて、設計機械ドラフターをはじめマイクロ、ブロツター、ヌメリコン減速機、各種精密目盛彫刻などの製造販売を業としており、その唯一の工場が本件土地を含む土地上に存し、本件土地は工場敷地二七〇坪の約半分を占めているし、右工場および機械、設備等をあわせると数億円に達し、また従業員は男女合計三二〇名にのぼるから、もし右工場を収去して本件土地を明渡さなければならないとすれば、立地条件において現在地に匹敵する土地を探し求めて一切の機械器具設備を移転し、かつ従業員のうち現在地でなければ通勤不能で退職する者を補充していかねばならないことになり、莫大な費用を要し、事実上不可能である。

(ハ)  以上の諸事情に照らせば、原告らの被告会社に対する建物収去土地明渡請求は明らかに権利の濫用であつて許されないものというべきである。

四 被告らの抗弁に対する原告の答弁及び再抗弁

(一) 被告らの抗弁(一)の(1) は争う。相続回復請求権は、相続権のない者が相続人として相続財産を管理処分することにより相続人の権利を侵害している場合に、個々の財産に対する権原を問うことなく相続による財産承継そのものを一括してそのあるべき権利状態に回復することを目的とする権利であるから、その相手方は僣称相続人又は表見相続人に限られ、これらの者から相続財産を個別に転得した第三者に対する相続人の返還請求は相続回復請求権ではないところ、被告らは石田のぶの僣称又は表見相続人ではないから本訴請求をもつて相続回復請求権の行使であると解する余地はない。

被告らの抗弁(一)の(2) の事実のうち、被告らが本件土地についてその主張のとおり所有権移転登記をしている事実を認める外はすべて争う。

被告らの抗弁(二)及び(三)の(3) の事実については、そのうち被告会社が昭和三一年八月一三日以降本件土地を占有していることは認めるが、その余の事実は争う。

被告らの抗弁(三)の(1) は争う。被告会社のいう確定判決は死者である石田のぶに対し訴が提起され、これに対し言渡された判決であるから、死者の相続人に対して何らの効力を及ぼすものではない。したがつて、その判決が確定しても相続人としては再審の訴を提起して判決の効力を覆すまでもないし、そもそも再審事由にも当らない。しかも、原告らは、右訴の提起を知り得る機会も与えられなかつたのであるから、右判決は原告らに対し何らの効力もない。

被告らの抗弁(三)の(2) は争う。

被告らの抗弁(三)の(4) の事実は争う。

(二)(1) 被告らの抗争するとおり本訴請求が相続回復請求であるとしても、相続回復請求権の消滅時効の援用権者は、僣称相続人又は表見相続人に限られ、これらの者から相続財産を個別に取得した者は時効の援用権を有しないところ、被告らは僣称或いは表見相続人であると主張している者ではなく、ましてこれらの者から相続財産を譲受けたと主張している者でもないから、消滅時効の援用権者ではない。

(2) 仮りに大東食品が被告ら主張の時期に本件土地の占有を開始したとしても、大東食品の占有は所有の意思に基くものではなく、また占有開始当時悪意であつたものである。さらに、その当時本件土地の登記簿上の所有者は石田のぶであつたから、そのことからして、大東食品が仮りに善意であつたとしても過失なくして占有を開始したとはいえない。したがつて、被告らの主張する時期には取得時効は完成していない。

また、被告三崎は、昭和三一年八月一三日本件土地の占有を失つたというのであるし、本件土地は同日以降被告会社が占有しているのであるから、同被告は被告会社のため時効を援用し得る立場にない。

五、原告らの再抗弁に対する被告らの答弁

争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一、請求原因事実のうち、本件土地をもと訴外亡石田のぶが所有していたこと、本件土地について被告らのためそれぞれ原告ら主張の所有権移転登記がされていることは、原告らと被告らとの間において争がなく、また、被告会社が昭和三一年八月一三日以降本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは、原告らと被告会社との間において争がない。

二、(一) 次にいずれも成立に争ない甲第三ないし第七号証、第一〇ないし第一九号証、第二一号証、乙第三号証の一、原告本人石田朴枝の供述によつて真正に成立したものと認める甲第八号証及び原告本人石田朴枝の供述を綜合すると、石田のぶを中心とする身分関係及び各関係者の死亡時期等は、別紙家系図のとおりであつて、のぶにはその死亡当時法定の推定家督相続人となるべき子、配偶等がなく、また指定家督相続人選定家督相続人もなかつたことが認められる(なお、原告らと被告会社との間では、のぶ、金平、ゆきの各死亡時期、石田剛に関する部分及びゆきゑと一郎との関係を除いて、のぶを中心とする身分関係等が別紙家系図のとおりであることは争ない。)。

(二) そこで、右認定事実に基いて相続関係を検討すると次のとおりになる。

石田のぶは、昭和二〇年九月二八日死亡したが、旧民法による法定又は指定の家督相続人及び同法九八二条によつて家督相続人に選定されるべきものがなく、また同法九八四条によつて家督相続人になり得る直系尊属もなかつたので、同法九八五条によつて家督相続人を選定すべき場合であつたが、新民法施行前にその選定がされなかつたので、新民法附則二五条二項によりのぶの相続に関しては新民法が適用されることになつた。そうすると、のぶの兄弟姉妹である石田金平及びいさが相続人となるべきところ、同人らは既に死亡していたから、石田一郎及び原告石田剛太郎を除く原告らが代襲相続したことになる(昭和三七年法律第四〇号による改正前の新民法八八九条二項、八八八条)。その後石田一郎は、昭和三三年八月二九日死亡し、同人には当時配偶者がなく、子は原告を石田剛太郎のみであつたから、同原告は一郎の遺産を相続した。

したがつて、結局原告らは、本件土地を平等の割合で共有していることになる。

(三) なお、被告会社は、新民法附則二五条が旧民法時代に発生した相続関係にまで適用され、ひいては相続財産について利害関係を有する者にまで影響を及ぼし得るものとすれば適用されるべきではない旨主張している。なるほど、同項は新民法施行前に家督相続人未選定の場合、被相続人の死亡時から新民法が施行されていたかのように相続関係を定めるという意味において新民法に遡及効を定めているが、同項は家族制度を廃止した新民法の趣旨から新法不遡及の原則に対する例外として設けられたのであるから、旧民法時代に相続原因の生じた場合で同項所定の場合同項が適用されるのは当然であつて、要するに被告会社の主張は独自の見解に過ぎず、採用の限りではない。

(四) 次に被告会社は、原告らの父金平と石田のぶとの間の親族関係はのぶの母ますがのぶを伴つて分家したときに解消したものと解すべきである旨主張しているが、旧民法の下においては、右分家の意図が何であれ法律上金平の養親であるますの分家によつて金平とます及びのぶとの間の法定血族関係が消滅することはなかつたのであつて、本件の場合相続について新民法が適用されるからといつて、のぶの相続に関し右の分家を離縁と同視すべき法律上の根拠はなく、また法定血族関係が分家によつて解消されたと解すべき理由もない。要するに被告会社の右主張も独自の見解であつて理由がない。

(五) さらに、被告会社は、石田のぶの相続に関しては昭和三七年法律第四〇号による改正後の現行民法が適用されるとの前提に立ち、原告らはのぶの直系卑属ではないから同法八八七条二項但書により代襲相続人になり得ない旨主張している。しかし、右法律附則二項によると従前の民法により生じた効力は妨げられないところ、のぶの相続に関しては、既に新民法附則二五条二項、右法律による改正前の新民法八八九条二項、八八八条により石田一郎及び原告剛太郎を除く原告らが相続し、その効力を生じているから、のぶの相続について右法律による改正後の現行民法八八九条二項、八八七条二項が適用される余地はない。

なお、右法律による改正後にあつても、兄弟姉妹が相続人となるべき場合であつて、これらの者が相続開始当時死亡しているときは、これらの者の直系卑属が代襲相続することに変りはないと解するのが相当である。右法律による改正後の現行民法八八七条二項但書は、相続人たる子が養子である場合に養子の子のうち養子縁組前に生まれた子を相続から除外する趣旨の規定に外ならない。ところで、もし被告会社主張のように現行民法八八九条一項二号の場合に被相続人の直系卑属でない者は代襲相続ができないと解するときは、被相続人の兄弟姉妹が被相続人の直系卑属を養子としている稀な事例の場合のみが代襲相続できることになるが、他方その養子は兄弟姉妹の子としてでなく被相続人の直系卑属であること自体によつて相続できるのであるから、結局同法八八九条二項が同条一項二号の場合に同法八八七条二項を準用することを定めたことが無意味に帰するのであつて、被告会社の右見解は到底採用できない。

三、そこで、被告らの抗弁について順次判断を加えることとする。

(一)  被告らの抗弁(一)の(1) (本訴の訴訟物が相続回復請求権であることを前提とする抗弁)について

相続回復請求権は、遺産について相続人が相続により包括承継している状態を、他人が相続権を否定し遺産を占有している場合に生ずる請求権であり、したがつて権利者は真正相続人であり、相手方は真正相続人の相続権を否定するという形において遺産を侵害している者、すなわち表見ないし僣称相続人等の不真正相続人又はこれらの者から遺産を譲受けた者に限られるものというべきである。ところが本件の場合、被告らは、原告らが石田のぶの所有していた本件土地を相続によつて所有していることを争つてはいるものの、被告らは相続とは無関係に石田のぶから本件土地を買受けた謝義来から大東食品、被告三崎、被告会社と順次所有権の移転を受けたとか、のぶの相続開始後完成した取得時効によつて被告会社が本件土地の所有権を取得したと主張しているにとゞまり不真正相続人から本件土地を譲受けたと主張している者ではないから、原告の本訴請求を相続回復請求権の行使であると解する余地はない。したがつて、本訴の訴訟物が相続回復請求権であることを前提とする被告らの抗弁はその余の点について判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

(二)  被告らの抗弁(一)の(2) について

本件土地について石田のぶと訴外謝義来との間に売買契約がされたことは、本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。したがつて、被告らの抗弁(一)の(2) は他の点について判断するまでもなく失当である。

(三)  被告らの抗弁(二)及び同(三)の(3) (時効取得の主張)について

成立に争ない乙第四号証、丙第六号証、証人山崎軍太及び同葛城栄寿の各証言によると、大東食品は昭和二四年八月本件土地の占有を開始するに至つたことが認められる。ところで、被告らは、大東食品は謝義来から本件土地を買受けて占有するに至つた旨主張しているが、仮りにそうであつたとしても、一般に他人から土地を買受けるに当つては売買目的地について登記簿を閲覧調査し、もし登記簿上の所有名義人が売主でない場合には売主がその土地について真実所有権を有するかどうか一応の疑いをもつてその点の調査をもするのが通常人の払うべき注意であつて、これらの点の調査を欠いているときは無過失ということはできない。ところが、本件の場合昭和二四年当時における本件土地の登記簿上の所有名義人は謝義来でなく石田のぶであるが(この点は成立に争ない甲第一、二号証によつて明らかである)大東食品が右の諸点について調査したことは本件全証拠によつてもこれを認めることができないから、大東食品がたとえ善意であつたとしても、過失なくして本件土地の占有を開始したということはできない。

まして、証人謝義来の証言によると、謝義来は、昭和二四年頃大東食品に対し本件土地に隣接する同人所有の東京都世田谷区池尻町四二五番地の土地を売渡すと共に同町四三一番地の土地に対する借地権を譲渡したこと、しかし本件土地については、その範囲を正確には知らなかつたが、石田のぶの所有地であると認識していて本件土地は売渡しておらず、その際本件土地を必要とするなら石田のぶから借りるようにと述べて謝義来が石田のぶに代つて納付した税金の領収書を交付したにとゞまることが認められ、この認定に反する証人山崎軍太の証言、被告本人三崎の供述は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、大東食品は本件土地の占有を開始した当時悪意であつたものと認めるのが相当である。

してみると、被告らの時効取得の抗弁は、他の点の判断をまつまでもなく理由がないことに帰する。

(四)  被告らの抗弁(三)の(1) (再審期間の徒過を理由とするもの)について

成立に争ない甲第二〇号証の一、六及び弁論の全趣旨によると、被告三崎は、昭和三〇年一二月一九日東京地方裁判所に石田のぶを被告として、昭和二〇年四月頃訴外謝義来がのぶから本件土地を買受け、ついで被告三崎が昭和二四年五月一二日謝義来から代金二〇万円でこれを買受け所有権を取得したことを請求原因として、本件土地に関する所有権移転登記手続を求める訴(同裁判所昭和三〇年(ワ)第九七一〇号事件)を提起したこと、これに対し同裁判所は、昭和三一年五月三〇日いわゆる欠席判決をもつて、のぶは本件土地について被告三崎のため所有権移転登記をすべき旨の判決を言渡し、同判決は確定したこと、ついで、被告三崎はその確定判決に基いて所有権取得登記を了したことが認められる。しかし、前認定のとおりのぶは既に昭和二〇年九月二八日死亡しているのであるから、原告らが右訴の係属中訴の係属していることを知つていたとすればともかくであるが、本件の場合そうした事情は証拠上うかがうことができないから、右判決は、原告らに対しその効力を及ぼすものではない。しかして、そのことは再審の訴の提起をまつまでもないことであるし、しかも訴提起当時当事者が死亡していたことは再審事由にもならない。したがつて、被告会社の主張は失当という外ない。

(五)  被告らの抗弁(三)の(2) (被告会社が善意無過失に取得したことを理由とする)ものについて

民法九六条三項は、表意者が詐欺による意思表示をしたことによつて生じた法律関係に基き新たに利害関係を取得した第三者がある場合に、善意の第三者を保護する趣旨に出た規定であつて、表意者、詐欺者間に瑕疵ある意思表示を含んでいたとはいえともかく法律行為があつたことを前提とするものであるが、本件では石田のぶが本件土地を被告三崎に対してはもとより、被告らがのぶからの買受人であると主張する謝義来に売渡したことも証拠上認められず、被告三崎の所有権取得登記ものぶ及び原告らに対し効力の及ばない判決を登記原因としたもので、本件は、いわば被告三崎が真の所有者に無断で所要書類を作成の上本件土地を自己の所有名義に登記してこれを被告会社に売渡した場合と同様であるから、民法九六条三項を類推適用することを妥当とする場合ではない。したがつて、被告会社の主張は採用できない。

(六)  被告らの抗弁(三)の(4) (被告会社の権利濫用の抗弁)について

(1)  まず前掲甲第一、二号証、第二〇号証の六、証人小泉襄の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、被告代表者の供述(第二回)により真正に成立したものと認める乙第六号証ないし第九号証、証人小泉襄の証言、原告本人石田朴枝、被告本人三崎及び被告会社代表者(第一、二回)の各供述を綜合すると、次の事実が認められる。

(イ) 被告合社(昭和三一年当時の商号は株式会社武藤目盛彫刻)は、昭和三一年六月一六日訴外小泉襄の仲介により被告三崎から本件土地をこれに隣接する東京都世田谷区池尻町四三一番地に関する地上権等と共に代金二二五万円で買受ける旨の契約をした。ところで、右契約に先立ち、被告三崎は、右小泉に対し本件土地は前所有者から買い、移転登記は後日することになつていたところ、前所有者が所在不明であるが、いつでも登記ができる趣旨の判決を得ている旨述べ、その判決の事件番号も告げたので、右小泉としては本件土地が同被告の所有に属するものと信じて仲介するに至つたもので、また、被告会社代表者武藤与四郎は、右小泉と昭和一八年頃から知合い、同人を信頼していたので、同人の仲介によれば間違いなく所有権を取得できるのもと信じて右契約をするに至つた。そして、右契約においては、被告三崎は、昭和三一年七月末日までに右判決(東京地方裁判所昭和三〇年(ワ)第九七一〇号事件判決)に基き所有権取得登記を完了し、同年八月一五日までに被告会社のため所有権移転登記をすることを定め、その約定に基いて被告三崎は、右判決に基いて同年七月二三日所有権取得登記をし、ついで同年八月一三日被告会社のため所有権移転登記をし、被告会社は、同日被告三崎に対し前記代金を支払つた。

(ロ) 被告会社は、昭和一七年同会社代表者武藤与四郎の個人企業として出発し、昭和二七年会社組織にしたもので、設計・製図用機器の製造を業とし、資本金は一億二千万円、社員数は約三四〇名である。そして、本件土地を含む約五〇〇坪の敷地上に工場・事務所等があつて、建物の延坪数は約六〇〇坪あり、本件土地は右敷地の中央部に位置し同土地上には事務室及び機械工場等が存在している。また、被告会社には、右敷地の周辺に約四〇の下請工場があり、その約四分の一は専ら被告会社の下請をしている。

(ハ) 他方原告らは、いずれも石田のぶの生前には同人と共同生活をしたことはもちろん、面識さえもなく、その消息も昭和三七年三月頃まで知らなかつたが、その頃たまたま同人が死亡していること及び同人が生前本件土地の外東京都目黒区上目黒に土地を所有していたことを知り、その後更地のまゝ残つていた上目黒六丁目一四四一番地の土地約八〇坪を他に売却し、その売却代金は原告ら相続人が約八〇万円宛均等に分配した。また、原告らは、本件土地の明渡を受けた後の使途について何ら決めていない。

しかして、以上の認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  以上認定の事実によれば、被告会社が本件土地を被告三崎の所有に属するものとして買受けたことも無理からぬものがあつて、そのことについて責めるべき点はないのみならず、被告会社が本件土地を明渡さなければならないとすれば、前認定のような土地建物の状態からみて、事務所工場全体を移転しなければならないことが明らかであるところ、被告会社としては、下請工場等の関係から現在地附近に代替地を求めることが最も適当とされることになるが、現今の土地事情の下ではそのことはきわめて困難といわねばならず、また、かりにそのような土地が得られたとしても土地取得に要する費用、建物および機械設備の移転に要する費用などの諸費用をも考慮に入れると、莫大な費用を要するであろうことが容易に推測される。これに対して、原告らは石田のぶが終戦直後の混乱期に死亡したとはいえその死後一七年もの間その生死を確めることなく放置し、偶然の機会にのぶの死亡の事実と本件土地の存在を知つたもので、原告らには直ちに本件土地の使用を必要とする事情は認められず、また本件土地の明渡を受けられないことによつてかりに損害を受けるとしても、その額は被告会社が本件土地を明渡すことによつて蒙むる損害に比較してきわめて少額であると考えられる。これらの事情を彼此綜合考察すると、原告らが本件土地の明渡を請求し、被告会社が本件土地上に築きあげた利害関係を一気に覆えそうとすることは、明らかに権利の濫用であつて、許されないものといわねばならない。

四、以上説示のとおり、被告らの抗弁は被告会社の権利濫用の抗弁を除いていずれも理由がなく、被告会社の同抗弁のみ理由がある。

したがつて、原告らの本訴請求のうち被告らに対して各所有権移転登記の抹消登記手続を求める部分は、正当としてこれを認容することとし、被告会社に対して本件建物を収去して本件土地の明渡を求める部分は理由がなく、また賃料相当額の損害金の支払いを求める部分は、損害額の点について立証がなく、結局理由がないことに帰するからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森川憲明)

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